長篠城址

ながしのじょうし(あと)
カテゴリ:『地』
場所:愛知県

基礎情報

長篠城址(ながしのじょうし)」は、愛知県新城市長篠にある国の史跡。「長篠(・設楽原)の戦い」(1575年)の発端となった激しい攻防戦で知られる「長篠城」があった土地。当時の地名は三河設楽郡長篠。

寒狭川(現・豊川)と大野川(現・宇連川)が合流する断崖上に建ち、天然の要塞であった長篠城は、同時にこの地域の重要な交通の拠点でもあった。武田勝頼による攻城時の城主は奥平貞昌(長篠の戦い後「信昌」に改名)。

この攻防戦によって城は大きく損壊、新たに新城城が築城され、長篠城は廃城となった。現在は史跡として土塁や堀などの遺構を見ることができる。

「水曜どうでしょう」では

  • 【試験日本史】で訪れ、「長篠の戦い」に先立つ長篠城の攻防についてフィールドワークを実施。生徒安田さんも初めて小芝居に参加し、主役の鳥居強右衛門勝商(とりいすねえもんかつあき)を演じた。
長篠城址

「水曜どうでしょう」での登場シーン

試験に出るどうでしょう 日本史

安田さんを生徒に迎え、ミスターも初めて生徒となり、第3弾にしてついに大泉校長自ら教鞭をとった試験に出るどうでしょう。

“日本史を体感する”をテーマに織田信長・天下統一への足跡を追ったこの企画。各ポイントで行われるのは、授業というよりも校長とディレクターによる主に小芝居で構成されたエピソード紹介。

三河の国(愛知県東部)「湯谷温泉」の宿を出発したクライマックスの3日目、まずはすぐ近くの「長篠城址」へ。

前日の滋賀県「小谷城」からは1人新たに芝居の大きい役者が主役として加わっていたが、この「長篠城」を巡るお話ではついに安田さんまで寸劇に参加、主役に抜擢されている。

「重要な城を巡って、あるひとつの物語が…」
「安田さんも今回はちょっと」「主役を…」「あっ」「いいんですかぁ?」
「なんですか?長篠の戦いのあの絵は?」「あらあら…」「ちょっと大泉さんに似てる感じが…」

道脇に設置されていた奇妙な看板。

到着後、長篠城の地形的特徴や地理的な重要性、そして信玄の急死後勝頼が後継した武田勢、及び徳川へ帰参し長篠城主となった奥平貞昌について予め説明された。

「長篠の戦い」に先立つ、長篠城の攻防

まずは当時必ずしも武田と戦う必要はなかった織田信長が自ら出陣するに至った展開から、ミスターはもはや当然のように芝居の台詞を始める。

「浅井朝倉攻めの時には命をかけてあれほど加勢したのに」「信長殿…残念でござるッ
「家康め…そのような事を申したか」「この戦!信長がいただいた!

一方、食糧庫を失いながらも何とか持ちこたえて籠城中の長篠城内、あと数日で強大な援軍が加勢にやって来ることなど知るすべもない。

ビン底メガネの生徒・安田さん演じる主役・鳥居強右衛門(とりいすねえもん)の歴史小芝居が幕を上げる。

「このままではいたずらに餓死するのを待つばかり…」「ならばその援軍はいつ来るとおっしゃるのか!」
「その時、ひとりの屈強な男が進み出て、静かにこう言ったんだ…」「藤村くん台本…おめでとう安田くん!」「主役!」
それがしが家康殿に援軍の催促に参りましょう
「齢三十六歳の足軽武士 鳥居強右衛門勝商(とりいすねえもんかつあき)である」「スネ夫じゃないよ」

“ひとりのバカな武田軍の兵隊のおかげ”かどうかは定かではないが、覚悟を決めた安田さん(強右衛門)は城を囲む武田の厳重な包囲網を見事に突破。

岡崎城に辿り着いた頃には信長率いる3万の援軍も既に到着しており、翌日にも総出撃の手筈となっていた。

「嬉しさこらえきれず人目もはばからず床に頭をこすりつけ!男泣きに男泣きをした始末!」
「お言葉ありがたき幸せ なれど!拙者これより直ちに長篠城に取って返し この吉報を城中の者どもに一刻も早く伝えとう存じます」
天晴れ!強右衛門」「人間 五十 年~」

勇敢にも長篠城へと引き返した強右衛門はしかし、目前で武田軍に見つかり取り押さえられてしまう。

尋問により敵方の援軍が来ることを知った武田勝頼は、ここである取引を強右衛門に持ちかけた。

「これから長篠の城に向かって援軍は来ないと告げ降伏するよう申し述べよ」「この役目…果せばそなた余の家臣に迎え入れるぞ」
いやじゃ!」「違う違う…台本!台本!」「…ははっ!身に余るお申し出 恐れ多いばかりでございます」
「そして!鳥居強右衛門、大音声にて呼ばわった」
「…今しばらく!今しばらくの辛抱じゃーッ!

演じる安田さんは不承不承だったが、実際はとうに決意を固めていた強右衛門、表向き取引を承諾することによって城への接近を成功させたのだ。

憤慨した勝頼によって先の奇妙な看板が示すようにその場で磔にされ、武士道を全うして生涯を終えた鳥居強右衛門。

この忠義心には、敵味方問わず様々な人物が感銘を受けたと伝えられている。長篠城内の衆が仲間の死を無駄にせんと士気を奮い、これにて形勢を立て直したことは言うまでもない。

その後、織田・徳川連合軍が到着し、「長篠の戦い」設楽ヶ原の決戦と相成る。信長が大量の鉄砲を用いて当時最強と謳われていた武田の騎馬隊を迎え撃ったことはよく知られている。

ご存知!忠烈 鳥居強右衛門 長篠城攻防の一幕でした ありがとうございましたぁ」

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