清州城

きよすじょう
カテゴリ:『地』
場所:愛知県

基礎情報

清州城(きよすじょう)」は、室地時代に守護大名・斯波義重(しばよししげ)によって尾張国春日井郡清須(現在の愛知県清須市)に建てられた城。

織田信長が居城としていたことで有名であり、城下町も含めて長らく尾張国(現在の愛知県)の中心地であった。「桶狭間の戦い」(1560年)にもこの城から出陣、後の徳川家康との「清州同盟」もこの城で結ばれた。また、信長の死後、後継ぎや領地配分に関して話された「清洲会議」(1582年)もよく知られる。

その後、徳川家康の命により「清州越し」と呼ばれる名古屋への都市移転が行われ、清州城も名古屋城築城の際の資材として利用されて廃城となった。

現在、城跡は土地開発によって大部分は消失。平成元年(1989)に隣接する広場内に鉄筋コンクリート製の模擬天守が建てられたが、当時の絵図等は残っていないため想像上の設計である。

「水曜どうでしょう」では

  • 【試験日本史】最初のフィールドワーク地となり、模擬天守を背後に小芝居が始まった。
  • ロケ当時の地名は「西春日井郡清洲町」であった。
清州城

「水曜どうでしょう」での登場シーン

試験に出るどうでしょう 日本史

安田さんを生徒に迎え、第3弾にしてついに大泉校長自らメイン講師として教鞭をとった試験に出るどうでしょう。

ミスターも初めて生徒となり、大泉さんとディレクターだけで段取りを組んだという“冒険の布陣”で、織田信長・天下布武への足跡を追う。

初日、愛知県に到着し「清州城跡」へと向かう車内で、校長による授業がいよいよスタートする。

「校長、緊張してます…」
「一五六〇年の五月十八日 桶狭間の戦いの前夜、信長が居た清洲城…」「信長はその日清州城におりました。皆さん左手ご覧ください。清州城でございます」
「これから2万5千の大軍が攻めてきますと聞いて、果して信長はどうしたのか?」

当時信長は27歳、この時の安田さんと同じ歳であった。

戦国時代の大きな分岐点「桶狭間の戦い」の前夜、今川義元の軍勢が迫る清州城内での軍議。天守閣(模造天守)を背景に、“日本史を体感する”講義という名の小芝居がここに始まる。

「信長は家臣に言った…考えを申せッ
「殿!わが軍はすでに丸根、鷲津の両砦に兵を割いておるゆえ3千にも満たない手勢…ここは!この清州城にこもって敵の進軍を阻むべきかと存じます」
わしは反対じゃ
「…ちょっと待ってください」「なぜ?いちいち…役割が決まって…」「映ってない方まで」

家臣の提案も鈴井くんからの質問もはねのけた後、運命の日1560年5月19日午前2時、信長は報せを聞いて飛び起きた。

来たかッ!」「具足を出せぇ!馬を用意せぇ!湯漬けを持てぇ!
「すいません…」「先ほどはまだあのセリフだけだったんですけど、動きも…」「もちろん動いてくよ」
鼓を打てぇ!」「あっ!」
人~間~五十~年~…」

「敦盛」(幸若舞)をひとつ舞い、馬にまたがり無謀な戦に向けて城を飛び出した信長。

清州城での講義は、実際に高校地理歴史の教員免許を持つ大泉校長のすばらしい一言で締めくくられる。

「わかってることはただひとつ…信長は勝つんだよ

※水曜どうでしょうDVD第25弾「5周年記念特別企画 札幌~博多 3夜連続深夜バスだけの旅/試験に出るどうでしょう 日本史」/北海道テレビ放送株式会社 より

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